インターネットの普及で、映画や音楽、書籍などエンタテイメントを楽しむコストは2000年代に入り急激に低下している。月単位・年単位で定額支払いすると大量の作品を自由に楽しめる定額利用放題のサービスがトレンドを牽引している。映画・ドラマのNetflix、音楽のSpotify、書籍のAmazon Unlimitedなどが代表だ。
今度はこれがライブエンターテイメントに広がるかもしれない。米国で映画の定額鑑賞サービスを提供するMoviePassが2017年8月15日に発表した大胆な価格改定が、米国の映画業界に大きな波紋を投げかけている。
MoviePassの新たな料金プランでは、毎月9.95ドルを支払うと毎日1本、映画を観ることが可能になる。これまでの月額40ドルから50ドルの価格をいっきに1/4以下に引き下げた。
3D映画、IMAXは含まれず2Dのみであるが、鑑賞する時間、作品や劇場に制限はない。MoviePassの契約する劇場は米国の映画館の91%をカバーする。つまり、一般的な映画館のほとんどで、月に最大28本から31本を10ドル以下で楽しめることになる。
MoviePassは、2011年にエンタテイメント業界でキャリアを重ねたステイシー・スパイクらがニューヨークで設立した。現在はNefliXの創業メンバーであったミッチ・ロウがCEOを務める。
サービスは当初、月2本で20ドルから始まり、3D映画を含めた見放題で100ドルなど様々な料金プランを用意していた。しかし、利用者は期待ほど増えなかった。そこで今回のシンプルで判りやすく、圧倒的な割安感の料金改訂でいっきに市場拡大を目指す。
米国映画協会(MPAA)の公表する2016年の映画鑑賞1回の平均チケット価格は、3D映画も含めてだが8.65ドル。つまり単純な計算で、月2本以上映画を観ればもとが取り戻せる計算だ。
もともと映画興行のビジネスでは、実際に必要とされる座席数の数倍の席数が常に用意されている。映画館に来た客を逃すことがないように、需要の最大時期に合わせているためだ。映画館には常に空席があり、定額見放題で需要を喚起し、空いた席を埋める、と考えられないことはない。
しかし、もちろんこれまで映画館に積極的に足を向けてきた観客にMoviePass利用され、客単価を一気に下げる可能性も大きい。MoviePassの発表と同時に米国の映画界は騒然となった。ビジネスモデルの有効性、興行収入の低下の可能性の議論が湧き上がり、業界を破壊するなどの声もメディアにあがっている。全米最大手の映画興業チェーンのAMCは今回のMoviePassの決定を歓迎しないと発表し、法的手段を用いても阻止する構えだ。
MoviePassがどの程度ユーザーを集め、仕組みが実際にうまく回るのか、どのくらいのインパクトを映画業界に与えるかは未知数だ。しかし、NetflixやSpotifyのように多くのユーザーを得て、業界の構造そのものを変える可能性もないとはいえない。
一方でエンタテインメント業界にとっては、定額課金サービスがライブビジネスにまで広がってきたのは脅威だろう。これまで映像、音楽などのコンテンツはネットで安く販売し、ライブイベントで収益を上げるのが新しいビジネスモデルとされることが多かったからだ。同じ作品を大量に届ける映画興行の特殊性はあるものの、エンタテイメントの価格破壊がライブビジネスの一角を切り崩そうとしているのは確かなのである。