2020年6月にNetflixで世界同時配信を開始した『泣きたい私は猫をかぶる』は、どこか懐かしい空気を持っている。それは子どもの頃、学校が休み間に観に行く特別な映画に感じる高鳴りだ。
60年代、70年代に東映動画が生み出した『太陽の王子 ホルスの大冒険』や『空飛ぶゆうれい船』、80年代の『幻魔大戦』『火の鳥』といった長編角川アニメ、さらにスタジオジブリや細田守監督など作品群と同じだ。テレビアニメとは異なる1時間半から2時間長さで、全てを見せるオリジナル作品。ちょっとボリュームのある本を丸っと一冊読んだ気分によく似ている。
作品は、ファンタジックな青春ストーリーである。主人公の女子中学生・笹木美代は、想像を超えた行動を取ることから無限大謎人間=“ムゲ”と呼ばれている。ムゲは同級生の日之出賢人が大好きだが、まるで相手にされていない。ムゲが彼の側にいられるのは、謎のお面をかぶって猫に変身した時だけだ。
元気に見えるムゲだが実際は両親の離婚にわだかまりを持っており、理解されない孤独感を抱えている。優等生にみえる日之出も答えを出せない悩みを持つのは同様だ。少年少女たちの悩みは、若い世代の共感を誘うに違いない。
『泣きたい私は猫をかぶる』は主人公を中学生とすることで、キッズからローティーンにより受けいれやすくなっている。制作スタッフには佐藤順一監督に、脚本の岡田麿里という知名度の高い名前が並ぶ。岡田らしい10代の若者の心の葛藤表現も特徴のひとつである。
ただ本作が生々しくなり過ぎないのは、スタジオコロリドから共同監督として柴山智隆が加わっているためかもしれない。スタジオコロリドの持つ爽快感、フレッシュさが作品を明るく引き立て、広い層にアピールする上質の作品に仕上げている。
近年は、こうした作品一本で物語を語りきるオリジナル企画の劇場映画は実は少なくない。ただし『泣きたい私は猫をかぶる』にはもうひとつ大きな違いがある。映画館でなく、インターネット上の配信プラットフォームNetflixで世界同時配信として作品をスタートしたことだ。
当初6月に国内劇場公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で公開を延期、そこからさらにNetflix独占配信に移動した。子どもの頃の思い出の長編アニメは劇場で生まれたが、いまは配信から誕生する時代になった。劇場に足を運ぶのでなく、家で寛ぎながらクオリティの高い新作を鑑賞できる。
もちろん映画であるから、制作スタッフにはまず劇場の大きなスクリーンに音響でとの思いはあるに違いない。ただビジネス面から考えると、配信独占からのスタートは必ずしも悪くない。
実際のところオリジナル企画の長編映画は、一部のブランドタイトルを除くと興行面のハードルが高い。昨今劇場アニメの公開本数がかなり増え、知名度で劣る単発ものの映画はヒットになりにくい。どうしてもネームバリューの高いシリーズ作品に子どもたちの足は向かう。
しかし、少し思い返してみたい。いまでは誰もが知るスタジオジブリの初期の傑作も、多くの人にとっての作品のスタートは劇場でない。確かに映画館でも大ヒットしたが、現在の若い世代の多くが初めて作品に触れたのは、テレビ放送でないだろうか。金曜ロードショーでたびたび放送が繰り返さることで、視聴者を増やし、人気を広げていった。テレビという手軽さがスタジオジブリの魅力を多くの人に届ける重要なツールになった。
2020年のいま、テレビ放送が果たした役割の一部は配信プラットフォームに移っている。配信発の長編アニメ映画との話題も手伝って、『泣きたい私は猫をかぶる』を視聴する人は多いはずだ。さらに配信は何年にもわたって続き、作品の魅力を世界に発信し続ける。これにより世界中に次々とファンが生まれるはずだ。
2020年夏、スタジオジブリがサプライズな発表をした。スタジオの人気4作品を夏休みに300館以上の劇場スクリーンで上映する。多くのファンがこれに喝采する。テレビで親しんだ作品を是非、劇場でというわけだ。
『泣きたい私は猫をかぶる』もファンが積み重なっていくなかで、きっと劇場上映が待ち望む声も生まれるだろう。映画作品としてはイレギュラーの道筋を辿ったが、その素晴らしさは変わらない。作品の魅力が伝わることが、様々な未来につながるはずだ。
[数土直志]
『泣きたい私は猫をかぶる』
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