優れた絵はいかにして生まれるのか? その謎は絵を生みだす制作過程で見ることでわかるかもしれない。しかし通常の作品は完成して初めて世の中に現れる。そんな機会はほとんど存在しない。
その常識を打ち破った展覧会「ラフ∞絵」が4月2日より16日まで、東京・秋葉原地区の3331 Arts Chiyodaで開催されている。完成に至るラフな絵を完成した作品と共に展示するものだ。しかも参加するアーティストは秋本治、天野喜孝、大河原邦男、高田明美の4人。いずれも個性やスタイルは違えども各分野で活躍する第一人者である。ひとりひとりだけでも大変なのに、これでだけ揃うともはや事件である。
企画展が実現したのには仕掛け人がいる。アニメスタジオ・ぴえろ創業者、プロデューサーとして日本を代表する数々のヒット作を生み出した実行委員長の布川ゆうじである。5人で集まった際に描いてもらった線画の美しさを見て、これを世に紹介したと思いつき、すぐに動きだしたという。
そんな布川の情熱から生まれた「ラフ∞絵」はとにかく見どころがたっぷりだ。というよりも、どこから楽しんでいいか迷うぐらいである。
一番はもちろん、展覧会のタイトルともなったラフ絵の魅力だ。展覧会の開会式に参加した4人は、恥ずかしいところもあるけれどと、それでも完成前の絵を快く展示した。
一方で今回のために制作中であった作品を完成させた天野、アニメーター時代の動画を展示した秋本、「これなら自分だけ」と造型にこだわった大河原、『うる星やつら』や『オレンジロード』など懐かしい絵の版権イラストのラフを集めた高田とそれぞれがこだわりを見せる。
4人の作品はそれぞれが独立したスペースを設けて、独自の世界を創り出す。ただこれを放っておけば、全てが個性的なだけにバラバラな方向に引っ張られた散漫な企画になってしまう。
それを見事につなぎとめたのが、今回の展覧会のための企画「チェンジ・アンド・チャレンジ」だ。秋本の描く『機動戦士ガンダム』、天野による『こちら葛飾区亀有公演前派出所』、大河原の『クリィミーマミ』、高田の『吸血鬼ハンターD』などなど、それぞれが他の人の代表作を描いた。
開会式では、高田や大河原は「ファンから怒られるんじゃないか」と気をつけたと話す。プレッシャーは相当だったはず。しかし意表を突いたアレンジからは楽しさばかりが感じられる。これらが4人を互いに結びつけ、華やかな才能の共演を演出している。
もうひとつ4人の重要な共通点がある。実は4人はいずれもが老舗のアニメスタジオのタツノコプロ出身だ。同じ時代に同じ場所で働いていた。今回の企画を推進した布川ゆうじも、ぴえろを立ち上げる前はタツノコプロで働いていた。同窓会的な結束を感じさせる。
時としてある時代、ある場所に、傑出した才能が集まることがある。1970年代のタツノコプロもそうした場所だったのだろう。
そして最後にもうひとつ、忘れていけないコーナーがある。「NUNOANI塾」の活動紹介だ。6年前に次世代のクリエイターを育てたいと布川がスタートした演出とプロデューサー養成の私塾である。
その立上げは、多くの才能の共に仕事をし、時には見出してきた布川だけに、作品を生みだすクリエイターの大切を人一倍感じていたためかもしれない。NUNOANI塾からは、業界内のステップアップ、キャリアチェンジも含めて現場で活躍する者もすでに現れている。
NUNOANI塾を紹介することで、今回の展覧会が単なる回顧展でないことが分かる。優れた才能を紹介することで、未来の方向を示すものなのだ。アニメーターでもイラストレーターでも、デザイナーでもそのジャンルは問わない。絵を描くことを目指す人には是非足を向けて欲しい展覧会だ。
「ラフ∞絵」
http://4rough.com/
2019年4月2日(火)~4月16日(火)
会場: 3331 Arts Chiyoda
11:00~20:00(入館最終案内19:30まで)