中村光毅は1960年代にアニメ業界に身を投じ、40年以上もの間、アニメの美術やメカニックデザイン、イラストレーションで活躍してきた。美術監督を務めた代表作は『科学忍者隊ガッチャマン』、『機動戦士ガンダム』、『伝説巨神イデオン』、『風の谷のナウシカ』をはじめ数え切れない。2011年に惜しまれつつ世を去ったが、その初の回顧展がデンマークのヴィボー市で2017年9月から10月に開催されている。
展覧会は、「中村光毅 レトロスペクティブ(Mitsuki Nakamura Retorospective) VAF Nippon Art」とタイトルされた。『マッハGoGoGo』から『機動戦士ガンダム』、『風の谷のナウシカ』、『ニルスのふしぎな旅』などの背景美術やオリジナルイラストでその業績を振り返る。
日本のアニメ史のなかで特筆すべき役割を果たした中村光毅だが、実は2011年の没後、回顧展は一度も行われていない。それが今回ヴィボー市で実現した。
これは2017年が日本とデンマークの外交樹立150周年に当たったためである。毎年開催されるヴィボー・アニメーション フェスティバル(Viborg Animation Festival)が今年の特集に日本を選び、数々の企画を実施している。ヴィボー側が日本アニメの背景美術に関心が高く、今回実現につながった。
会場はいくつかの展示企画が集まった市内の大型ギャラリーの一角になる。2室のみの展示とスペースは必ずしも大きくないが、内容の充実には驚かされる。
展示のスタートは『マッハGoGoGo』のデザイン、そして白黒テレビに合せた『宇宙エース』のモノクロの美術背景。さらにタツノコ時代の作品が並ぶ。これらはオリジナルではないがDNP(大日本印刷)による複製で、小さな汚れまで再現してしまう。中村光毅の仕事をたっぷりと伝える。
さらに驚かされるのは、『機動戦士ガンダム』、『風の谷のナウシカ』、『ニルスのふしぎな旅』、『クラッシャージョウ』の主要作品は、全てオリジナルが展示されていることだ。
近年、海外で日本のアニメやマンガの原画展が開催されることが増えているが、そのほとんどが精巧な複製を展示している。紙素材は繊細で傷みやすいことから、海外搬送は基本避ける傾向にある。それが今回は本物を見て欲しいとの意向から、敢えて展示の大半をオリジナルとした。
『機動戦士ガンダム』からは、版権用の鮮やかなイラストが10枚以上。硬質で重厚感たっぷりだ。『風の谷のナウシカ』は実際に映画の中で使用された美術背景で、こちらも10枚以上。ファンであれば思わずあのシーンと思い当たるものばかりである。
そして舞台が北欧であることで、デンマークにも親しみやすい『ニルスのふしぎな旅』も全てオリジナルとなった。ニルスの家の配置を説明した手描きの資料などもある。
『ニルスのふしぎな旅』では実在感のある北欧の景色、『風の谷のナウシカ』では柔らかなファンタジックな世界、そして『機動戦士ガンダム』では重厚感。見事に描き分け、それぞれ異なった空間を与える。魔術師としかいいようのない仕事に圧倒される。
海外では必ずしも馴染みのないアニメの美術の仕事の素晴らしさを紹介する優れた企画となった。本企画ではカタログやブックレットは制作されていない。また国内での中村光毅の作品をまとめて展示する機会もないことから、今回の展示は極めて貴重な機会となった。