和田淳監督に訊く ”アニメーション制作をすることと『いきものさん』”
- 2023/9/26
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日本を代表するアニメーション作家として、いま“和田淳”を筆頭に挙げる人は多いだろう。2010年に『春のしくみ』のベネチア映画祭オリゾンティ部門上映から、2012年『グレートラビット』のベルリン国際映画祭短編部門銀熊賞受賞、2022年にはオタワ国際アニメーション映画祭にて『半島の鳥』で短編部門グランプリに輝いた。
その活躍の場は映画祭が中心と思われがちだが、近年はインディ・ゲーム作品『マイエクササイズ』を制作、さらに2023年7月にはテレビシリーズ『いきものさん』を制作し、放送している。
こうした制作は和田監督にとってどんな意味を持つのだろう。『いきものさん』を中心にお話を伺った。
[聞き手:数土直志]
和田淳|ATSUSHI WADA 公式サイト
https://kankaku.jp/
―最初に和田さんのこれまでについて簡単にお話いただけますか?作品が理解しやすくなると思いますので。
和田淳(以下、和田)
アニメーションを作り始めたのは大学生の頃です。初めはデザインをやりたかったのですが、誰かのために何かを作るだけでなく、もっと自分のために作りたいなと思ったことがきっかけです。もともと映像に興味があり、特にダウンタウンのコント映像で流れる緊張感のようなものを自分の世界観で表現したいと思ったのが始まりです。
実写でも良かったのですが、アニメーションは一人で出来るっていうことが広がっていた時期でした。自分のキャラクターで自分の作品を作るアニメーションの手法が、性格に合っていると考えました。アニメーションを教える大学ではなかったので独学でしたが、卒業制作もアニメーションで作りました。
――大学はその卒業制作を受け入れてくれたんですね。
和田
何でもOKとの感じだったので、宮沢賢治の詩を映像にして卒業制作を作りました。卒業後にどうするかを考えた時に、作品を作り続けるためにはもう少し映像について勉強しないといけない。その時にアニメーターでないかたちで映像を学べる学校を探して、唯一見つかったのがイメージフォーラム映像研究所でした。行ってみたらゴリゴリの実験映像で (笑)。逆にこんなに面白い映像があるのかと、そういう意味では幅は広がったんです。
――その後が、東京藝大 (東京芸術大学大学院映像研究科アニメーション専攻)ですか?
和田
イメージフォーラムを卒業した時に、(作品を作るだけでは)食べていけないなって薄々気づき始めました。作品を作り続けるためにどうやって生きていくかという方向にスイッチしていきます。
イメージフォーラムの後、一度、関西の地元に戻ったんです。どこにも所属せずに淡々と働きながら作品を作り続けました。2008年、東京藝大大学院でアニメーション専攻ができる、山村浩二さんが教授になると聞きました。最初はアシスタントとして教える側で学校にと言われたのですが、どうせなら学生として入ってみたい。何かいろいろ掴めるものがあるんじゃないかなと思いました。
お金を払って制作の時間を買ったみたいなところが大きいです。大学院2年間後に、文化庁の研修制度で一年間、海外に行ったり、いろいろな時期を経て今は専任で先生をしながら作品を作っています。
――作風の変化はあるのですか? 大学からイメージフォーラムに行った時、藝大、そこから独立後とありますが?
和田
技術的な向上はあるとしても、何かすごく大きく変えたという感覚はありません。気持ちいい動きを描きたいといったことはあまり変わらず、ただ作品ごとにどんどん良くしていこうという意識はあります。軸の部分はそんなに変わってないんじゃないかな。
――近作で言うと、今回の『いきものさん』もそうですが、少年に対するこだわり、動物に対するこだわりがあります。これはどこから生まれているのですか?
和田
そもそも女の子を描くのが苦手というのがあり、初めは子供ではなく男の人でした。「自分が気持ちの良い動きを描ける気持ちのいいフォルムは何か」と考えていくなかで、男の子がぽっちゃりしてきた感じです。動かしやすい素材というのが一番大きいです。
動物についてはもともと動物が好きで。ただ動物だけが出てくる作品はほとんどないんです。人と動物を一緒に出すことで、その価値観や立場が変わったり、価値をフラットにするみたいに使っています。人間と動物の圧倒的な現実の差が何か急に ばーっとなくなったりするのを描きたいです。あとは単純に動物には人間ではできない動きがあります。今回『いきものさん』には、そういうところを反映させています。
――その『いきものさん』はどういった作品ですか?
和田
もともと僕の頭の中に子供向けにシリーズものを作りたいというのがありました。毎回生き物がいっぱい出てきて、何かリズムとか面白い展開で見せていけるシリーズを子供向けにやりたかった。
文化庁のクリエイター育成支援事業があったので、応募してみようと土居(伸彰)くんに相談した時、その助成は新しいチャレンジをするものなのでこれだけだと採択されないかもしれないとアドバイスがあり、何かもうひとつ面白い見せ方が必要だなと考えました。
そこで同じ世界観を使ったゲームが展開する短編を作る企画はどうだろうって。そこでもともとある『いきものさん』という子供向けの企画から『マイエクササイズ』というゲームが生まれました。『いきものさん』の短編企画を置いときつつ、まずはゲームが先行して進みました。
――当初は子供向けとの話がありましたが、作品のジャンルはどう捉えていますか?
和田
初めが子供向けであったので子供向けではあると思います。自分の作品を子供向けにフォーマット化していくなかでいろいろ咀嚼しなければいけない問題はありました。内容やビジュアルをどこまで落とし込めるかで試行錯誤をしています。
たとえば『いきものさん』のキャラクターの等身は僕の普段の作品の等身よりもっと下げています。それが自分の中でどこまで許せるかです。そういう自分なりの葛藤があり、そこが今までとは違う部分です。
――和田さんは海外の映画祭でたくさん受賞されて、作品も上映もされています。和田さんの活躍の場は、映画祭やイベントとかと思いがちです。今回テレビを主戦場にした時に、何かしらの違い生じていますか?
和田
等身を下げるなど、多少テレビ向けに変換する必要はあったのですが、実は「ここはこうしたほうが」とか「ここを修正しろ」とかをもっといわれるんじゃないかと思っていました。今回は幸いなことに自由にやらせてもらっています。そうした意味でそこまで違いは感じないですね。
ただ90秒で収めないといけないという点で、いつもやっていることと違う部分はありました。僕の作品は間をたっぷりとったり、見せ方を複雑にしたりとか、後々何回か見てわかる感じにするんです。けれども90秒の中でそれをやっても、わかってもらえないですから。
――1話90秒ではあっても、ワンシーズン(全12話)を作るとかなりな量ですし、しかも毎回テーマが違うことは大変そうです。
和田
そうですね。ネタを考えて絵コンテやビデオコンテにする作業はけっこう大変でした。制作で言えば、原画は僕が描いて、アニメーターの方が毎回3人ぐらいです。シリーズ全部でも10人にいかないですね。色塗りは1人だけでずっとやってもらっています。最近は短編作品でも手伝ってもらったりして、今回はそれと変わらないメンバーでやらせてもらったので、スムーズに作業に入れたかと思います。
――そうした体制を発展させて、今後長編を作る気持ちはあったりしますか?
和田
今のところは、やりたいと思ったことはないです。60分とかは考えただけでもぞっとするし、長編は長編でやはり違う考え方があると思っています。
――作品にセリフをつけないのは、何かしらの意図があるのですか?
和田
もともと子供向けでやりたいと思っていたためです。絶対に言葉を使わないという明確な意志があるわけじゃないですが、言葉なしで展開していく面白さのイメージがありました。リズムの面白さやアイディアの面白さを見せたかった。企画の段階で言葉を入れるのは考えてなかったです。
――視聴者からの反応は感じられたりとかしますか?
和田
ネットの検索はしますね。異質な感じの作品なのでもう少し何か言われるかと思っていたのですけど、思っていたより好意的な感じです。好意的な意見しか見ようとしていないのかもしれませんが。
――今後アニメーションを使って、さらに表現したいことを届けたいことって何でしょうか?
和田
もともとアニメーションを使って何かを伝えたいといったことはあまりなくて、気持ちのよい動きをまずやりたい。後はそこにどういうテーマを持ってくるのか、どう展開をさせるのか。初めからこれを伝えたいというのはないですね。それでずっとやってきて、たぶん今後もそうやっていくと思います。
自分の活動の次の展開では、何かもう少しいろいろやりたい。最近であればゲームをやったり、今回はシリーズもやりました。短編を作るだけじゃない、何かこういうアウトプットのしかたもあるんだとか、こういう見せ方もあるんだ、みたいな自分の可能性を探っています。感覚としては、まだ道半ばですね。