2018年の米国グラフィックノベル市場 最大の特徴「子供向け作品」について

グラフィックノベル

[椎名ゆかり]

米出版業界向け情報サイト「パブリッシャーズ・ウィークリー(Publishers Weekly)」 に4月17日づけで掲載された記事「グラフィックノベルの2018年売上についてわかること(What We Know About 2018 Graphic Novel Sales)」が、最近のアメリカのグラフィックノベル市場(日本のMANGAも含む)の傾向を知るのに適している記事なので、簡単に内容を紹介したいと思う。

ここで言う「グラフィックノベル」とは、「コミックスの本≒単行本」ぐらいに考えて頂いて問題ない。この言葉自体は様々な意味で使われるが、流通を語る際の「グラフィックノベル市場」とは、MANGAの単行本も含む、本で出版されたコミックスの市場を意味する。

まず結論から言うと、2018年アメリカのグラフィックノベル市場全体の最大の特徴は、「子供向け作品」がかなりのシェアを占めているという点にある。

2018年にはアメリカの出版市場全体が前年比1.3%上昇した一方で、グラフィックノベル市場は11.7%もの増加となり、その二桁の伸びを後押ししたのが、「子供向け」カテゴリーの作品だった。

実際、グラフィックノベル市場の中の「大人向け」作品は全体で前年比7.1%減少しているのに、「子供向け」はなんと56.2%増加した。「子供向け」作品の目を見張るような健闘ぶりが近年話題にのぼることも多かったが、一般に推測されるよりももっと「子供向け」作品は市場での存在感を増していた、と記事では分析する。

ただし、「子供向け」作品が人気とは言っても、多くの作品が人気なのではない。売上部数トップ50リストでは、犬の頭を持つヒーローが登場する『Dog Man』(児童文学者でもあるDav Pilkey氏の10歳未満向け作品)が1位から6位までを独占、そして作者(Raina Telgemeier)が歯の矯正していた自分の少女時代を描いた『Smile』と同作者による『Drama』『Sisters』(すべて10代向け)の3作品が7位から9位までを占めた。

10位以下に目を向けると目立つのはMANGAで、中でも一番売れているのは『僕のヒーローアカデミア』である。しかもMANGAだけのトップ40リストに限定すると、リスト上の作品すべてが、『僕のヒーローアカデミア』も出すVIZ Media(小学館と集英社と小学館集英社プロダクションの子会社)出版のものだった。
ちなみに、MANGAカテゴリーの売上部数はグラフィックノベル市場の26%、およそ4分の1ほどだと言う。そしてグラフィックノベル全体の売上トップ50リストに目を戻すと、「大人向け」と言っていいタイトルはたった5作品しか入っていない。

蛇足となるが、この記事を紹介したいと筆者が思ったのは、信頼できる統計的数字が出ていたからである。

日本と違って流通が大手取次数社に絞られていないアメリカでは、正確な統計資料を手に入れるのは大変難しい。流通毎の資料は部分的なものしか存在せず、市場全体を知るには、知見のある人物がそれらをまとめあげ流通を横断した全体像を提示する必要がある。今回の記事はまさにそれだ。

この記事を書いたダラス・ミダウ氏はアメリカで2000年代初頭から、所属や立場は変わりながらもずっとMANGAとANIMEに仕事としてかかわってきた業界人。そのミダウ氏が「グラフィックノベルの売上についてわかること」というタイトルで暗示するのは、この市場では「わからないこと」もたくさんあるということである。

ミダウ氏は以下の2つの統計リストをまとめて上記の数字を出した。

・コミックス専門店流通(全米およそ2千店舗のほぼ100%を網羅するDiamond Comics Distributorsの統計資料)
・一般書店流通(一部ネット書店も含む書店全体の85%を示すNPD BookScanの資料)

一方でミダウ氏は、統計資料がないため以下の2点を「わからないこと」の例として挙げている。

・電子書籍販売数
・ブック・フェアでの売上

電子書籍販売数は、業界サイトICv2が地道な聞き取り調査他を行い近年はおおまかな全体数を出している。しかし、氏によれば後者は数字が公表されていないためまったくわからない、とのこと。
代表例は「スカラスティック・ブック・フェア(Scholastic Book Fair)」で、これは毎年全米の何千もの場所で開催されている本のイベントである。1冊につき1千冊から20万冊まで注文できると言われているものの、売上数はまったく出てこない。しかしこの売上は相当な数にのぼると推測されている。

『ハリーポッター』シリーズも出すスカラスティックは、コミックに限らず子供向けの本に限定すると世界最大の出版社であり取次である。上で挙げたグラフィックノベルのトップ50リストの1位から9位まではすべて同社から出た本だ。同社のブック・フェアでの売上を入れれば、子供向け作品の売上は更に上がるだろう。

いずれにせよ、「子供向け」作品の人気の高まりを受けて、次々と新たな出版社もこのカテゴリーに参入すると予想されている。個人的には、「子供向け」作品の人気がMANGAを含むグラフィックノベル全体の市場の活性化につながっていくことを願っている。

[椎名ゆかり]
“米国オハイオ州ボーリング・グリーン州立大学大学院ポピュラーカルチャー専攻修士課程修了。英語圏のコミック翻訳者、ライター。平成23~25年度、文化庁芸術文化課研究補佐員。訳書に『ファン・ホーム-ある家族の悲喜劇-』『ブラック・ホール』『サーガ』『ザ・ボーイズ』他。東京藝術大学非常勤講師”

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