末平アサ氏(チーフコンテンツオフィサー)インタビュー
2021年8月にソニーグループが、米国に拠点を持つ日本アニメ配信のクランチロール(Crunchyroll)の事業買収をしたのは大きなニュースだった。
それから1年、ソニーグループはクランチロールとやはり米国に拠点を持つアニメ会社ファニメーション(Funimation)の事業を統合している。クランチロールは配信だけでない日本国外最大規模の日本アニメの総合企業としてビジネスを大きく変えつつある。
そんななかでクランチロールは、どんな日本アニメを求め、それをどんなかたちで世界に届けようとしているのか。8月にカリフォルニア州サンノゼで開催された「クランチロール・エキスポ(Crunchyroll Expo) 2022」にて、チーフコンテンツオフィサーの末平アサ氏にお話を伺った。
[取材・編集:数土直志]
【ファニメーションとの統合、事業ブランドは「クランチロール」に一本化】
数土―― 最初にクランチロールの現在の組織体制について教えてください。クランチロールは2021年8月にソニーグループになりました。今年3月には米国の別の大手アニメ会社ファニメーションとも経営統合しています。
末平アサ氏(以下、末平)―― 2021年8月にクランチロールの買収が正式に決定し、それ以降ファニメーションとの統合に取り組んできました。まずは一つの会社を作ろうと、各事業部門を見ながらどういった組織にするべきかを半年間かけて考えました。
たとえばマーケティング部門や配信プラットフォームは二つの会社がやっていましたけれど、逆に重複のないエリアもありました。ホームビデオ(DVDやブルーレイ)や劇場配給はファニメーションが強く、クランチロールが強かったエリアもあります。お互いの良さを生かす組織を今まさに作っている状況です。
数土―― 事業ブランドはクランチロールに一本化されたのですか?
末平―― ブランドは完全にクランチロールに統合され、会社名もサービスも基本はクランチロールです。ファニメーションのサービスも残っていますが、ある時期を経てからは完全に一つのサービスに移行する予定です。
数土―― 現在はヨーロッパ、北米でもオフィスがいくつもありますが、アジアはまだ十分でないです。
末平―― アジアに関しては現状まだ展開はできてはいませんが、次の戦略的な地域ではインド、中東を考えています。
数土―― 変化するクランチロールの中での末平さんの役割は?
末平―― チーフコンテンツオフィサーとして、コンテンツ(作品)の調達に責任を持っています。クランチロールが作品を調達する方法は大きく分けて二つあり、一つはアクイジションです。日本で作られた作品のライセンス(権利)を獲得するチーム。共同制作のチームもあります。共同制作チームは製作委員会に出資をしたり、海外に向けた企画を日本のパートナーさんに提案して一緒に作品を作っていきます。
配信プラットフォームですのである一定数の作品が各クールで必要なのと、お客さんのニーズに合わせて全体のバランスを考えながら調達しています。
数土―― どのくらいの作品数を調達されるのですか。
末平―― クールによって異なりますが、ワンシーズンで少なくて30作品、多くて50作品。だいたい40作品前後です。
数土―― 映画は別ですか?
末平―― 映画は年によって異なるので正確な数字は難しいですけれども、劇場公開できる作品を年に10本前後で考えています。
【クランチロールは作品でどんなビジネスを目指すのか?】
数土―― クランチロールだからこういう作品をといったことはありますか?
末平―― 配信プラットフォームだけでない360度ビジネスを強化したいと考えています。日本で日本のアニメファンが体験できていることを海外に持って行きたい。劇場やイベント、商品、Eコマース、全てで日本と同じような体験ができる環境を作っていきたいです。そうした環境を作るなかで日本に還元することが次の作品につながります。たとえば我々はフラットフィーでのライセンス獲得を行っていなくて、必ず印税方式(レベニューシェア)を提案しています。
(注) フラットフィーは作品の権利を一括支払いで獲得するもの。仮に作品が大ヒットになりライセンシーの収入が増えてもライセンサー側の収入は増えない。印税方式は収入拡大に応じて一定割合がライセンサーに支払われる。作品ヒットの時には追加収入になる。
数土―― その時のライセンスの獲得は、配信権だけではなくて全ての分野のライツと考えてもいいのですか。
末平―― 基本的にはオールライツです。日本のパートナーさんとできる限り広くやろうと思っています。
数土―― 具体的に広げていくビジネスの方向性はありますか?商品化やゲーム化、あるいはイベント。
末平―― イベントで言うと今回の「クランチロール・エキスポ」です。劇場公開をするにしても、ただ上映するだけではなくて、ファン向けの試写会だったり、レッドカーペット的なイベントだったり。ファンに向けたインタラクティブな環境を作っていきたいです。配信でもネット上のウォッチパーティでお客様を集めて一緒に作品を見て、そこでファン同士がコミュニケーションを取るとか、そういった環境を作っていくのが基本的な考え方です。
数土―― 毎シーズン30作品から50作品あると、全てを同じようにマーケティングしていくのは大変では?
末平―― 大変ではありますが、クランチロールとファニメーションが一つの会社になったことによって社員数は1000人を超えました。日本を除くと世界で一番大きなアニメ専門会社です。マーケティングのチームだけで200名以上、かなり大きなチームで取り組んでひとつひとつの作品に手厚い体制を組んでいます。
数土―― 作品を揃える点ではオリジナルタイトルの開発もあります。これまでクランチロールは製作委員会への出資が多く、オリジナルはそんなにありませんでした。
末平―― 日本のパートナーと一緒に作品を作っていきたい、クリエイティブも日本のスタジオで作っていくべきだと思っています。ただ日本に限らないいろんなアイディアも作品では取り組みたいと考えて挑戦していきます。
数土―― 出資する作品とライセンスだけを獲得する作品の差は?
末平―― いろんなパターンがありますけれども、我々のほうでも海外に向けて作れるんじゃないのかというアイディアがたくさんあります。日本にいるとなかなか気づきにくい傾向もあるので、そうした海外での視聴動向を日本のパートナーさんと共有した上で、どういった作品が作れるかを相談しながら一緒に取り組んでいます。
数土―― グローバルな配信プラットフォームは多くありますが、そうしたプラットフォームとクランチロールの違いは?
末平―― 360度のビジネス展開です。アニメを見て楽しむだけではなく、作品を通してどういった経験をユーザーと共感できるかを考えているのがクランチロールの強みです。
数土―― 予算的にはどうですか。例えば勝負したい作品で、他社より少し予算を積んでいこうみたいなことを考えたりはされますか?
末平―― 先ほどお話したように我々はフラットフィーでなく、ミニマムギャランティ(最低保証)に加えてレベニューシェアを提案しています。そしてライセンス期間中は常にその作品のことを考えてロングテールでどうプロモーションできるか考えています。それに共感いただけるパートナーと一緒に取り組んでいくのが基本的な考え方です。
数土―― それは喜ばれている感じでしょうか。
末平―― 委員会によっていろんな考え方がありますので、ケースバイケースだとは思います。ただレベニューシェアすることで利益だけではなくてデータを共有しています。作品がどのように視聴されて、クランチロールの中でどのような立ち位置にあるのか、かなり細かいデータまで共有できます。出版とかおもちゃだったりとか、そのデータをベースにアニメ以外でも生かせる可能性があるので、そういった取り組み方もできます。
数土―― そうしたデータから実際に人気のあるのはどういった作品ですか?
末平―― 世界規模でいうと、やはり『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』『僕のヒーローアカデミア』。ボーイズアクションと呼ばれる作品はどこの地域でも人気があります。配信以外でも『呪術廻戦』や『鬼滅の刃』は映画になったときに大きな成果を上げています。「異世界もの」は最近ずっと人気ですが、北米に関して言うと男性向けラブコメに非常に人気が出てきています。そういった兆候を取引先にお伝えして、こういったジャンルが今後は必要になってくるのじゃないのかといったコミュニケーションをしているのが他社さんと大きな違いかもしれません。
【視聴者はまだ広げる余地がある、クランチロールの未来】
数土―― クランチロールのユーザーは他のプラットフォームよりもう少しコアなファンに見えますが、無料ユーザーを含めて視聴者数が1億人を超えてくると一般層にもかなり食い込んでいるはずです。コアファンと一般視聴者のバランスはどう考えていますか?
末平―― これまでのクランチロールは字幕で視聴するユーザーが比較的多かったんです。ファニメーションは逆で、吹替えで見るユーザーが非常に多かったです。これを統合することで非常に良いミックスがクランチロールのプラットフォームの中で起きています。会員数もここ2、3年で非常に大きな成長をしていますから、客層を広げるためには今までと違った作品も購入をしていかないといけないと考えています。
数土―― 視聴者はまだ広がる余地はあると考えられていますか?
末平―― 北米においてもまだまだ可能性はあると思いますし、特に欧州は正規配信でお客さんが視聴するようになったのはここ数年なんです。正規配信のための環境が整いつつはあります。マーケットによって環境は違いますので、ローカルのスタッフの意見を聞きながらどう広げられるのかを意識しています。
数土―― クランチロールがファニメーションと一緒になり、ヨーロッパではフランスのワカニム(Wakanim)やドイツのアニメ・オン・ディマンド(Anime on Demand)もグループになっています。市場が寡占化することで競争がなくなりライセンスの買付金額も低くなる心配をする声が日本にはありますが。
末平―― フラットフィーでの購入であればそういった心配はありますが、我々は利益を折半して還元します。会員数が大きくなり、作品が見られるほど利益は増えていきます。配信プラットフォームだけ強くなっても中身が空っぽになってしまっては回りませんので、Win-Winの関係を作らなければいけません。それはクランチロールの買収直後に一番意識した部分です。
数土―― 360度を目指すなかで劇場興行のマーケットが今、広がっています。
末平―― こういう状況になったのは本当にここ最近です。ファニメーションは長く劇場ビジネスに力を入れてきましたが、大きなきっかけはやはり『鬼滅の刃』です。各劇場のアニメに対する見方が本当に変わりました。いまは劇場から問い合わせが来るような状況になっています。次に『呪術廻戦』が出てきたことで、劇場といい関係ができました。これは北米だけではなくヨーロッパでも同じ傾向です。家で見る環境から人と一緒にその喜びを分かち合える環境で作品を見たいアニメファンが増えています。日本の皆さんにはいいビジネスチャンスだと思って欲しいです。
数土―― 視聴者を囲い込んでいる配信に比べて劇場はよりリスクの大きなビジネスですが、そこは意識されませんか?
末平―― クランチロールで扱う映画はテレビシリーズから発生する作品が多いので、ユーザーに関するデータや視聴動向はある程度把握できます。そのデータをもとにどのぐらいの規模で劇場公開ができるのかがあまり外れることがありません。配信プラットフォームを持つことが、他のビジネスにも生かされています。
数土―― これから登場する『すずめの戸締り』は、海外ではクランチロールが軸になって展開されると聞きました。これはソニー・ピクチャーズの協力はあるのですか。
末平―― はい。地域によっては直接クランチロールが配給できませんので、そういった地域はソニー・ピクチャーズの配給チームと一緒に組みます。『すずめの戸締り』に限らず、ドラゴンボールに関してもクランチロールが日本を除くグローバルの展開でやるのですけども、それもソニー・ピクチャーズと一緒に取り組んで世界へ展開をしています。
数土―― ありがとうございました。クランチロールの変化の早さが伺えて、とても興味深かったです。