2018年10月からNHK Eテレで、テレビアニメシリーズ『ラディアン』の放送がスタートする。空からやってくる・怪物ネメシスを倒すため大魔法使いを目指す少年セトが、世界を救うため仲間と共に伝説の地“ラディアン”を目指すストーリーだ。
少年の成長を描く王道冒険ファンタジーに見える。ところが原作マンガの作者は、フランス人のトニー・ヴァレント。日本マンガが大好きなトニーが日本のスタイルも大胆に取りいれて、2013年にフランスで描きはじめて、大人気を博している。このフランス発の『ラディアン』を、日本の実力派スタッフがアニメ化する。
なぜフランス発の『ラディアン』のアニメ化なのか? 日本とフランスのやりとりは?
6月にフランスでアヌシー国際アニメーション映画祭が開催された。その中で『ラディアン』のアニメーション制作の工程が日本での放送に先立って紹介された。映画祭に参加した岸誠二監督、シリーズ構成の上江洲誠さん、アニメーション制作Lerche(ラルケ)の比嘉勇二プロデューサー、そしてNHKエンタープライズの藤田裕介プロデューサーにお話を伺った。
『ラディアン』はこれまでのアニメと何が違のか? 制作の苦労はあったのか? そのお話からは新時代のアニメの国際的な取組みのありかたが見えてきた。
[取材・構成 数土直志]
■ ラディアン企画誕生!「どこの雑誌に連載してたっけ?」
――フランスで描かれた日本マンガスタイルの作品が日本でアニメ化される、このユニークな企画はどう立ち上がったのでしょうか?
藤田裕介プロデューサー(以下、藤田) 私が日本語版の「ラディアン」を見つけて映像化したいと思ったのがはじまりです。もともと「ドラゴンボール」や「ONE PIECE」といった王道作品が好きで、いつか自分でもそうした作品をやりたいというのがありました。書店のマンガコーナーをチェックしている時に「ラディアン」の表紙が目に入りました。3年前、2015年の夏です。
「このマンガ知らないぞ!見逃してたか」と手にとって、そこでフランス人が描いたと知って「えっ!」とびっくりしました。王道少年ものでありながら、ヨーロッパの移民とか差別とかの問題を反映したちょっと違う味わいもあります。これがアニメになれば、王道かつ現代的な新しいアニメになるんじゃないかなと興味を持ちました。
―― 「ラディアン」は店のどのコーナーにあったのですか?
藤田 新刊コーナーの平積みにありました。ただ日本で連載していないし、話がどこかまで続くかも、人気があるのかもわからなかったので、1年ぐらい様子をみたんです。そうしたら1年で4巻ぐらいまで出て、まだまだ続きそうだし、面白いし、「よしやりたい」と。
ただどこに連絡すればいいか分からない。そこで日本語版の発行会社であるユーロマンガさんの問い合わせフォームから連絡したら、すぐ返事が来まして、原作元であるフランスのアンカマ(Ankama)さんにおつなぎいただきました。2016年の夏ぐらいから具体的にアニメのお話を始めました。
―― 岸誠二監督や、上江洲誠さんをスタッフにと思われたのは? おふたりは『暗殺教室』や『ダンガンロンパ』とか、日本アニメのど真ん中との印象があります。「ラディアン」であれば、フランス原作として海外志向の違う選択もあったかと。
藤田 日本のアニメとしてベストを目指したいと思ったのが理由です。原作が目指しているのも王道少年ものですし。アーティスティックに作りたいとは全然思わなかったですね。アニメーションとして面白くしてくれる実力があって、ヒットさせてきた実績がある方にこだわりました。何しろ日本では連載が無く、知名度も決して高くはありません。そこでLerche(ラルケ)さんに連絡させていただいたところ興味を持っていただきました。
比嘉勇二プロデューサー(以下、比嘉) 「アニメ制作をお願いできませんか」と、本を渡された時に思ったのは藤田さんと同じ。「あれ、これはどの雑誌で連載されていたんだろう」でした。「少年マンガだけど、どこで見逃してたんだろう」と帯を見たら「えっ!これフランスの方が描いたのですか」と。フランス原作の王道少年マンガを世界に発信していくんだと思いワクワクしました。
Lercheはトリッキーな作品が多いんです。例えば『ダンガンロンパ』『がっこうぐらし』『暗殺教室』のような作品をやるのが好きなんです。『ラディアン』もストーリーが面白いのはもちろん、日本の少年マンガ誌に連載してそうで実は海外の作品です。これが凄くLerche的に感じたので「是非、引き受けさせてください」と。
スタッフを考えた時に、以前から海外に向けた作品や子ども向け作品をやってみたいと言っていた岸さんと上江洲さんのことが思い浮かびました。
上江洲誠(以下、上江洲) 子ども向け作品にも挑戦したいとは、ずっと言っていたんだよね。
比嘉 おふたりに最初会った時に「レッドカーペットを歩く」と話されたんですよ。当時はこいつら何を言っているんだと。(笑)
まさかあの時話していたことが現実になるような作品が来たぞ思い、このふたりにまず話をしなければいけない。それは僕の宿命だと。そして話をしたら速攻です。「やろう!」とスタートしました。
■ 世界に向けた作品に、作り手が主体的に挑戦
―― 岸監督も、上江洲さんも最初から前向きだったんですか?
上江洲 ウェルカムでしたね。お陰様で、いままでたくさんのアニメを作らせてもらってきましたが、さらにフレッシュでチャレンジブルなものってなんだろうと考えていたんです。これからは「世界に向けて発表するもの」がいいなと思うようになっていた頃で、そうしたら比嘉さんが「世界向けの番組やりませんか」って持ってきてくれたんです。
岸誠二監督(以下、岸) 話をいただいた時から、やる意義があると感じました。昔から日本に限らず世界で戦いたいと思っていたんです。けれど、いまの日本では機会すらない。マーケットが開かれていなくて、海外への流通がない時点で絶望的で、それを打破できるものが欲しかった。
閉ざされたなかで作られて、どこかに持っていってたまたま売れればいいじゃなくて、最初から世界を見据えて作る。手探りかもしれないけれど、今後につながっていった時に違う道筋が出来て、世界のマーケットが拓いていけるならばいいなと思っています。
比嘉 いまのアニメは出来上がった後に、あとから「海外で売れました」と言われることが多いんです。結果だけが返ってくる。
普段、僕らは原作ファンを大切にと作っていますけれど、今回は原作のファンを大切することがイコール海外のファンを大切にすることです。その新しいチャレンジも面白いし、魅力的です。自分もこれに合わせて成長していけるんじゃないかな。
岸 『ラディアン』は、僕らのステップアップしたい気持ちと、ちょうど合致したんですよね。マーケットの規模が違えば、プロジェクトの最初の時点でのかけられる金額も違うわけで。英語圏となったら途端に分母が膨れあがるわけです。これからしっかり道筋が出来れば、そういうことも考えられるのかな。
■ 何重にも入り組んだ原作 トニー・ヴァレントを解読する楽しさ
―― 海外の原作をアニメ化する時に、アメコミやフランスのバンドデシネでなくて、一周した日本マンガスタイルの海外作品であることについては?
上江洲 それに僕は楽しさを感じました。一見はフランス人の作家が日本の少年マンガに似せて描きましたとも思えます。だけれど、実はもっと深い意味がある。ルックは日本マンガにそっくりなのに、しっかり読むと日本からはでてこない、ヨーロッパ人ならではのテーマやアイディアが根ざしているんですよ。
移民問題、人種差別であったりとか。フランスで生まれたトニーが描くからこその真実味があるんです。そこにフランス人が描いたマンガの魂があるんですね。ここに気づいた時に、この何重にも入り組んだマンガの面白さに虜になりました。
―― 難しいかったところは?
上江洲 フランス人のトニー・ヴァレントという人物を理解すること。彼が日本のマンガが好きで、アーティストとしてこうした表現を選んだことまで考えて、「じゃあこうだ」って読み解いて、シリーズ構成の僕はちゃんとスタッフ皆に説明できるようにならなければならない。すごく難しいです。でもパズルとか謎解きって、難しいほど面白いじゃないですか。
比嘉 1巻と2巻がちょっとバンドデシネ的なんですよね。一コマ一コマをじっくり見ることで、コマの意味を読者が理解していく。初期は日本の読者が読み慣れていないスタイルが少し残っている。これが難しかったですね。
―― 最初のバンドデシネっぽい雰囲気に合わせるのか、あるいは後からの日本マンガっぽいところに合せるのか?
岸 アニメは、自分のリズムで立ち止まりながら読めるマンガと違って、絵が音が勝手に流れていくものです。これはどの漫画原作でもそうですが、テレビアニメの20数分の流れの表現に適応する調整をします。
上江洲 後の巻のより日本マンガ的な雰囲気の方に合わてチューニングしています。そして監督も仰っているように、アニメは時間芸術なので必ず適した間尺を考えなければなりません。映像化にあたってそのままでは足らない部分、エピソードを補っていかなければいけない部分もあります。原作に描かれていない部分はトニーに聞いて、それを踏まえながら構築していきます。
岸 さらに番組ターゲットの話もあります。今回のターゲットは若年層、小学校高学年ぐらいから上は果てがない。スタンスを広く取ると、比較的分かりやすい作り方が望まれるので、その様な調整も必要になります。
■ 作品づくりの日仏コミュニケーション:成功の秘密は相互のリスペクト
――アンカマからここ気をつけてくださいというのはあったのですか
藤田 それは全然なくて。トニー、アンカマさん、どちらからもです。彼らは自分のコンテンツを他社にライセンスするのは初めてらしいのですが、日本でアニメ化することに深く賛同していただけました。
世界を狙う企画として、日本が得意とする2Dがいいと思っていたのですが、アンカマさんにはまず2Dと3Dどちらかという条件はありますかと聞きました。アンカマさんに検討いただいて、「日本ならではの2Dのアニメがいいと思う」と言われました。ただ「最終的な判断はおまかせします」と。最初の段階から日本でベストなものを作ることに、協力的で、好意的に受け止めてくださいましたね。
――キャラクターやシナリオに対するトニーさんの反応は?
上江洲 トニーはとてもいい反応をしてくれています。
藤田 彼の母国語はフランス語ですが、トニーは英語もできるので、シナリオは英語で監修をしていただいてます。「ネガティブなところだけでなく、いいと思ったところも教えてください」とお願いをしています
上江洲 これまで50本以上のシリーズ構成をして、面白かったところにマークをいれて貰うのって初めての体験でしたね。
比嘉 たぶん日本ではあまりないですよ。×はつけるけれど、何がよかったかの○を書くのは。
上江洲 シナリオにすごいチェック入っているから、最初に「わっ!読むの怖い」と思ったら、面白かったところにマークが入っていて。「ここが絵になるのが楽しみです」って書いてある。嬉しくて現場も盛り上がるわけです。「よく原作の内容を踏まえていただきました!」と書いてあると、トニーの哲学とか好みが分かるから、その後のエピソードの精度も増すんです。それでシナリオも面白くなる。これはトニー・ヴァレントからもらった仕事のテクニックです。相手へのリスペクトを忘れないのは、僕らももっと見習うべき仕事の姿勢ですね。
藤田 彼の哲学が分かるというのがいいですよね。特にアニメオリジナルのところをほめていただけるのは。
――今回、オリジナルパートはどのくらいになるのですか?
上江洲 適度に入る感じです。僕の考えでは、展開を急がないほうが、喜ばれる。エピソードをすし詰めにして急ぐことはしません。エピソードをひとつずつじっくりかけてやります。視聴者がキャラクターと付き合う時間を持てることが、結果喜ばれると思います。
――原作を読んだ人でも新たに楽しめる。
上江洲 そうそう。この場面からこの場面の間に、事件が起きる前にこういう日常があったんだ、こういうことを考えていたんだ、こういうずっこけがあったんだと、出来るだけ増やします。
――今回は、海外はもちろんですが、NHKで放送するのも大きいですね。
藤田 最初から世界を意識した企画なので、日本、フランスはもちろん、世界中のメディア、地域で「ラディアン」を見てもらいたいと準備を進めています。日本ではEテレで2018年10月スタート。毎週土曜日の午後5時35分からの時間帯です。
上江洲 それに意味があるんですよね。これだけのエッジの効いた作品を投下するのに、一番効果的じゃないですか。誰も見ていないところに落としても仕方ない。たくさん見てもらえる所にメッセージを送れば、その効果も大きく広がる。
岸 NHKで、しかも世界ターゲットでと、スタンスがでかいです。日本では国内全部で放送されるわけで。しかもそれが子どもたちの観られる時間帯で。
■ フランスは『ラディアン』をどう受け止めたか
―― フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭のワークインプログレスのセミナーで、本作の制作工程を紹介されました。
岸 作品の概要と、それに伴う産業の動きとかを話しました。それと「これは手描きのアニメでやるんですよ」って。いまの若い人たちにとって、手描きのアニメはわからないツールなんですよね。彼らはCGツールをやっているわけだから。スタジオ雲雀(Lerche)の手描きをするところの動画を流したのですが、それはとても興味深かったと思います。
比嘉 普段であれば、Mayaとか3ds Maxだと思うんですけれど、出てきたのがCLIP STUDIOとAfter Effects。
上江洲 伝統芸能の技を見た感じだと思います。リミテッドアニメは、いまは伝えられていない技術だと思うんですよ。秒8コマで作るとか、たぶん日本以外ではピント来ない。すごく特殊な作り方じゃないですか。日本のアニメの作りをずいぶん聞かれたね。「どんな風に作画をしているんだ」とか。
比嘉 あとは「フランス人が日本のアニメへ参入することは可能なのか」とか、日本アニメに興味があって、自分たちも参加できないのかと。クリエイターとか学生のお客さんが多かったので、日本のアニメを見ていて、自分も日本アニメの制作に参加したい気持ちがあって、その機会があるかどうかを真剣に模索している。
藤田 結構日本にきて作りたいと。
上江洲 やりたい人はと聞いたら、手を挙げた人は沢山いたよね。
比嘉 たくさんいて嬉しいですよね。一緒に是非やっていきたいですからお互いがコミニケションをとれるようになりたいですね。
■ 『ラディアン』で日本アニメは変わりますか?
―― 最後に「ラディアン」で日本のアニメは変わりますか?
岸 変わりますよ。大きく違う道が出来るんじゃないかな。というよりは作らなければいけないんですよね。
上江洲 「ラディアン」を僕らが成功させれば、国外へ向けたアニメ制作が作りやすくなるし、面白くなると思います。これから続く人にとってもやりやすくなるんじゃないかな。
岸 これで成功が見えてくれれば、単純なよくある合作ではないものになりますね。
比嘉 トニーのマンガへのリスペクトから出来た作品を、僕らがリスペクトしてアニメにする。フランスのかたは日本のアニメ・マンガが大好きで、それで日本に来られているかたも沢山いる。そうした人たちが『ラディアン』を楽しんでくれれば嬉しいです。
岸 協力してものを作ることが、地球の歴史上プラスになるんですよ。
藤田 企画意図として、フランス人のマンガだからアニメにしたいと思ったのではなく、日本のマンガと比べるなかで「ラディアン」をアニメにしたいと思いました。ただせっかくやるのであればワールドワイドにやりたい。
いまはフランスだけでなくて他の国でも、日本のマンガスタイルで描こうという人がどんどん出てきています。今回の成功が条件になりますが、日本だけでなく、世界中の原作・マンガと協力していきたいなと思っています。
『ラディアン』
Eテレ 2018年10月放送スタート(全21話)
http://www.nhk.or.jp/anime/radiant/
[スタッフ]
原作: トニー・ヴァレント
監督: 岸誠二
シリーズディレクター: 福岡大生
シリーズ構成: 上江洲誠
キャラクターデザイン: 河野のぞみ
音楽: 甲田雅人
アニメーション制作: Lerche
制作: NHKエンタープライズ
制作・著作: NHK