「株式会社カラー10周年記念展」 新しいアニメスタジオに挑戦した庵野秀明の10年間

「アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)

2016年11月23日から東京渋谷区のラフォーレミュージアム原宿で、「株式会社カラー10周年記念展」が開催されている。すでに大きな評判を呼ぶ企画展だが、これまでのどんなアニメの展覧会とも異なるコンセプトから構成されている。カラーのアニメ業界での独自の存在を感じさせるものになっている。
まずタイトルが異色だ。アニメスタジオの周年イベントは少なくないが、タイトルに“株式会社”や“有限会社”といった法人形態を掲げたものはないだろう。しかし、ここでは“株式会社”が重要な意味を持つ。今回の企画展は、カラーの生み出した作品世界と同時にカラーの持つ理念が世に届ける役割があるからだ。

“株式会社”に対するこだわりは、企画展のために制作された新作短編アニメ『おおきなカブ(株)』からも窺われる。原作はカラー取締役で庵野秀明の夫人でもある安野モヨコの描き下ろしマンガだ。畑で仲間と共にカブを育てるストーリーに登場する「カブ」が「株式会社」を意識しているのは言うまでもない。
ここで強調されるのは、カラーはアニメスタジオであると同時に、企業である事実だ。庵野秀明は、 “アニメ”は文化であると同時にビジネスである現実を正面から受け入る。ビジネスのうえに、自らの理念を絶妙なバランスで乗せる。

一方で、株式会社としてもカラーは普通でない。通常の株式会社は株主のための利益最大化を目指す。しかしカラーには、短期的な視点で見るととても儲からない(あるいはもっと儲かるはず)と見える事業が少なくない。
例えば「日本アニメ(ーター)見本市」。これまでに37作品が制作されているが、作品個別では採算を取れているように見えない。今回の企画展も同様だ。入場料500円(税込)に対して、88ページフルカラーの記念冊子を特典にする大判振る舞いである。
株主の利益というよりも、ファンの満足度の最大化、アニメ文化に対する貢献、アニメ業界に対する貢献、アニメのスタッフを豊かにすることにより重きを置いている。その手段として株式会社を選ぶ。そこから「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズで実現した製作委員会でなくカラー全額出資、配給も宣伝もカラーが責任を持つといった、従来の常識を覆すビジネスも次々に生み出される。

今回、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズや「日本アニメ(ーター)見本市」と並んで、展示で大きくフォーカスしたNPO「アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)」構想もそのひとつだ。機構が資料散逸で失われて行くアニメ・特撮文化の収集と保管を目指すのは、庵野秀明の映像文化に対する熱い情熱によるものだ。庵野秀明自身が語るように、文化事業である以上赤字の可能性が大きい。行政を動かすのでなく、映像の作り手が主導するのもなかなか険しい道である。
しかし、今回の企画展では、株式会社カラーは通常であれば夢物語、理想論と一蹴されかねない目標をむしろリアリストとして実現してきた事実が明かされている。一流のクリエイターであると同時に優れた経営者という庵野秀明のもうひとつの顔がある。だからこそ今回の厳しい選択も、見事にゴールに到達するのでないかと思わせる。
カラーはまだまだ多くの素晴らしい作品や驚きのプロジェクトをファンに届けるに違いない。そんな期待と確信をさせる「株式会社カラー10周年記念展」である。

株式会社カラー10周年記念展
http://www.khara.co.jp/khara_10th/

 

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