■参加人数は史上最大、上映会場拡大で対応
2024年6月9日から15日まで、アニメーション分野では世界最大のアヌシー国際アニメーション映画祭がフランスで開催された。アルプス地方の小さな街で行われるイベントは、世界で最も古いアニメーション映画祭としても知られる。2010年代から飛躍的な成長を続け、世界的なパンデミックで一時は中断したものコロナ禍明けは、さらにその勢いを増している。
本年は開幕日から授賞式のある最終日まで7日間現地に滞在したが、その拡張ぶりにはあらためて目を見張った。まずは映画の上映本数の増加だ。コンペティションに選ばれる本数、さらにコンペ以外の企画上映の増加が続いている。
上映できる会場があってこその施策だが、今年は市内・郊外の劇場やシネコンなどで会場を増やした。ボリューと呼ばれるメイン会場の上映時間も早朝8時半に繰り上げて、コンペティションや大型イベントの上映枠を増やす対応をした。
増えたのは単純な上映だけでない。制作中の作品を紹介するワーキング・プログレスやピッチセッションなどMIFAも含めてトークやセミナー、ワークショップもプログラムには膨大な数が並ぶ。関心がある映画やプログラムが2つも、3つも同じ時間に並ぶのはもはや珍しくなくなっている。
■長編映画やハリウッド作品の進出が続く
映画祭の拡大は、参加者の数からも窺える。期間中の延べ入場者数は12万5000人、映画祭の登録者数は1万7400人、いずれも過去最高だ。これにビジネス部門のMIFAの参加者6500人、学生4120人が加わる。観光都市とはいえ広域でも12万あまりのアヌシー市の人口を考えると驚くべき数字だろう。
成長の理由は、明白だ。映画祭とMIFAを運営するCITIAと関係者が、アヌシーを世界のアニメーションの中心にしようとする目的と強い意志を持っているからだ。アニメーション業界で注目される作品や人、次に来る潮流を見定めて戦略的にフォーカスする。
例えばVR部門だ。上映施設やコンペティションの選考方法を考えればなかなかハードルが高い分野だ。しかしいち早くコンペティションを設けて積極的に取り上げている。
長編映画もそのひとつだろう。20年前であれば、オフィシャルコンペティションに10本もなかったはずだ。それが今年はオフィシャルコンペティションに12作品、コントレシャンコンペティションに11作品、さらに新たにアヌシープレゼンツという部門を設けて16作品を上映した。長編新作だけで40本近くが上映されたかたちだ。
アヌシープレゼンツは、より大衆的な作品、若者向けの作品を紹介するとしている。日本からは『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』、『ブルーロック EPISODE 凪』といった作品も上映されている。つまりはコンペティションにはノミネートされにくい、大衆性のある作品をカバーする目的だ。映画祭で取上げる作品の幅を広げる役割を果たしている。
アニメーション映画祭は、作家性の高い、芸術に寄り添った映画を紹介する場所と思われることが多い。実際に多くの映画祭では、そうした役割を果たしている。
しかしアヌシーでは日本のシリーズ作品だけでなく、『ミニオンズ』、『トランスフォーマー』、『ロード・オブ・ザ・リング』といったハリウッド産のフランチャイズ作品も多く並ぶ。ディズニーやピクサー、ドリームワークスといった巨大CGスタジオも豪華なゲストと共にイベントを実施する。これらに若いファンが殺到する。
映画祭に集まるのは、若者だけでない。こうした拡大戦略が、アニメーション関係のプロに対しても求心力を発揮している。アヌシーであればより多くの人に見られる、より多くのビジネス関係者に出会える、より注目される、これらがさらに多くの人を集めることになる。
■アヌシーはどの規模まで制御可能なのか
しかしこうした巨大化は一部で批判も集め始めている。アニメーションメディアのひとつ「Cartoon Brew」では、開催後にアヌシーが大きくなり過ぎたことに対して厳しい指摘を掲載した。「映画祭の混雑が限界を超えている」、「アニメーション作家やインディペンデントの存在感の低下」、「宿泊施設の不足」などである。そのうえでCartoon Brewは映画祭とMIFAの分離開催を提言している。
実際に映画祭・MIFAに来ても、映画1本、トークをひとつも聞くこともなく帰る人も少なくない。アヌシーはビジネスをすることだけが目的、あるいはスケジュールがタイト過ぎてその余裕がないということだ。アヌシーに来ているにもかかわらず、各プログラムに参加出来る正式なバッジ登録をしていない人も少なくない。
ここで挙げられた以外でも、映画祭が大きくなり過ぎたことで起きている問題は個人的にも感じられた。たとえば映画祭チケット予約では、開始からわずかな時間で有力プログラムはいっぱいになってしまう。キャンセル待ちで観ることは意外に可能だ。しかし、見る必要のあるプログラムを確実に押さえらないことが増えれば、参加者の映画祭へのロイヤリティは下がりかねない。
映画祭のインフラ機能が追いつかなくなっているのも感じられた。コロナ前までは行われていた長編コンペティション監督の記者会見は設けられなくなって久しい。上映作品も増えて対応できないということだろう。
このため各映画会社のエージェントは個別の発表会やインタビューをアレンジし、メディアへの呼びかけをする。しかし、製作会社の体力が弱ければ、映画祭にでたとしてもこうした対応が出来ずに十分にアピールしきれない。
さらに今年はトークやセミナーで通訳が用意されないケースが増えた。かつてはフランス語には英語、英語にはフランス語の通訳が大抵はあった。しかし現在はトークの数や機器の準備・メンテナンスの手間もあるのだろう、いずれの場合も通訳が用意されないことがほとんどだ。驚くのはフランスの映画祭であるのに、説明もなく英語でトークがスタートすることが多いことだ。アヌシーの参加者がそれだけグローバル化していることも示しているのだろう。面白い現象に思えた。
■アジア勢のアヌシー攻勢が活発化
個人的に2024年のアヌシーで目を惹いたのは、アジア勢の参加が目立ったことだ。これまでアジアで継続的に出展、イベントを実施するのは日本、それに韓国ぐらいだった。それが今年は、中国大陸、香港、台湾、フィリピン、マレーシア、ASEANなどが展示会場に出展するだけでなく、自国の作品をアピールするピッチやショウケースを実施した。
正直、紹介される作品のレベルは様々だ。韓国や台湾は面白い企画が多かったが、東南アジアはやや技術先行でストーリーや世界設定が十分練り込まれていないものも見受けられた。
中国の動きも面白かった。2010年代半ばに中国は大挙してアヌシーに押し寄せたが、コロナ禍前後から映画祭・MIFAからは退潮気味で、昨年まではほぼ姿を消した状態であった。それが今年は久々に大型ブースを設置、ショウケースのようなイベントも実施して作品をアピールしていた。
前回のブームでは、作品の量は多いけれども内容はいまひとつとの感想だった。ところが現在は国内の大ヒットを中心に見応えのある作品も多い。今後は本格的に海外ビジネスの開拓を狙うということなのだろう。
確かなのはこうしたアジアの国々が、安定して自国企画の映画やテレビシリーズを目指せるようになっていることだ。これまでは制作の一部を受託してきた時代は終わり、アジアのアニメーション業界は飛躍のための一歩を踏み出しつつある。
そうしたアジアの国々には、日本のアニメの影響を受けた作品も少なからずある。それだけにこの躍動するアジアで日本にどんな役割が可能なのかと思いを巡らせられた。