日本のアニメーションは100年を超える歴史と1万を遥かに超える作品タイトルを持つ。その一方でアニメーションを学問として研究する者の数は、圧倒的に少ない。まだまだ開拓すべき領域は多いはずだ。
今年9月に木村智哉氏が上梓した『東映動画史論 経営と創造の底流』を読んでそんな思いをあらためて噛みしめた。本書は木村氏が千葉大学で提出した博士論文などをもとに構成したものだ。第二次大戦後間もなくの設立から90年代までのアニメーション制作会社・東映動画(現東映アニメーション)について書かれている。
とりわけ大きな特長は、東映動画の経営と労働者としての制作スタッフに焦点を当てていることにある。戦後、昭和のアニメーション史はこれまでもたびたび取りあげられてきたが、経営という視点はあまりない。
本書を読み進む中で、こんなにも細かく事実関係が判るのかと何度も驚かされた。これまでに通説として聞いたような話が、資料で裏付けされ数字を交えて語られる。ときには本書の序でも紹介されている「『太陽の王子ホルスの大冒険』の興行失敗」といった流布している認識をひっくり返すこともある。そうした事実は一般公開された資料だけでなく、内部で使用された資料、さらに関係者への聞き取りなど多角的なアプローチから調査されたものだ。
資料としてはあるのだが、おそらく木村氏の調査がなければそうした事実は記録として残らず、やがて時の流れに埋もれていったであろう。まさに他の代えることの出来ない研究である。
個人的に興味深かったのは、東映動画における労使関係の変化である。社会運動としての労働問題だけでなく、東映動画の経営と結びつけられた点でより具体的、合理的に、時々の状況が理解出来る。
『鉄腕アトム』で知られる虫プロの経営が、現在に至るアニメビジネスと労働問題に与えた影響はよく語られる。しかし60年代末から70年代の東映動画の労使紛争とその後のスタッフのフリーランス化も業界に影響が大きかったのではないかと、かねてより思っていただけに、いろいろ学ばされることが多かった。
もちろん大手映画会社の東映の子会社との他制作会社と異なる特殊な立場ではあった。それでも業界最大手のアニメーション制作会社であったことによる影響は無視できない。
本書に示された研究で、東映動画の動向はかなり明らかになった。今後はこの研究をベースに、さらに論考を重ねていくことも可能になる。
読者としてうれしいのは、重量級の専門書でありながら難解な学術書とは一線を引いていることだ。文書はシンプルで論理的、著者の論考は明確で捉えやすい。前後関係や状況をきちんと説明するので、アニメーション制作の深い知識がなくても理解しやすいはずだ。
それでもボリュームが大き過ぎる、内容が細かいと思う人もいるかもしれない。個人的にはそうした時は、興味のある部分だけをじっくり読んでみるのもよいと思う。それだけでも十分価値がある。
しかしもし一部を読み始めれば、きっと全編を読んでみたい気持ちになるはずだ。『東映動画史論』は、アニメーションの貴重な研究書であると同時に読み物としても楽しめるからだ。
「東映動画史論 経営と創造の底流」
日本評論社 著:木村智哉
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8360.html
3520円(税込)
A5判、368ページ