伝統になるべき時期にきた ―広島国際アニメーションフェスティバルを観覧して-前編-

広島国際アニメーションフェスティバル

津堅信之(アニメーション研究/日本大学藝術学部講師)
 
(1) 日本ゼロのコンペティション

 恒例の広島国際アニメーションフェスティバルが、先日終了した。1985年に第1回が開催され、以後ほぼ2年に一度の開催を経て、今回が17回目となる。日本国内ではもちろん、国際的にも屈指の国際アニメーション映画祭に成長している。
 今回は、グランプリを競うコンペティション部門に日本人作家の作品が事実上1本も入らなかったことが話題になり、私も参加するテンションが下がってしまった。
 なぜそうしたことになったのか、そして30数年の歴史をもつ広島フェスの意義は何なのか、あらためて考えたく、いつものように私は広島に入った。私は、海外の映画祭への参加経験は少ないが、広島フェスには、1987年の第2回大会以来欠かさず参加している。
 
 まず、コンペティション部門の実態についてだが、今大会では88の国・地域から、総計で過去最多の2842本の応募があった。このうち日本からの応募は341本で、これも過去最多である。学生など若手がさまざまな形で短編アニメーションを制作できるようになった現在を反映しているが、この応募作を5人の委員が事前に選考審査し、結果的に本選であるコンペ作品に選ばれたのが75作品だった。3000本近い応募作から本選に残ったのは、わずか約2.6%というわけだ。

 ただ、その比率でいうなら、341本の応募があった日本からは8本前後がコンペに入ってよいことになる。さすがにこれは浅はかな計算だが、それにしてもゼロだというのは納得できかねる。
 補足すると、フェス事務局が公表しているデータでは、日本作品は1本だけ入っているが、これは中国からの留学生が日本の大学院で制作した作品で、「制作国」が「日本」になった結果の1本である。こうした一種のねじれは他にもあり、アーティストは作品制作の機会を求めて世界中を渡り歩く時代なのだから、純然たる「日本」にこだわるのはナンセンスだというむきもあろう。

 一方で、2年前の前回は、ベテランから学生の作品まで7本がコンペに入選し、うち3本が受賞して、上映会場も授賞式も盛り上がった。実は、4年前の前々回のフェスでも日本人作家の入選はゼロで、これが広島フェス史上初の「事件」になった。たった2年間で世界と日本との作品の質その他が、これほど動くのは考えにくく、また私自身、毎年数100本単位で国内外の短編アニメーションを見ている経験からしても、諸外国と比べて遜色ない優れた作品が日本人作家の手で多く生み出されているという認識がある。
 つまり、少なくとも広島フェスの場合、毎回の選考審査にある種の傾向や意図があり、それが選考に反映され、日本作品の評価のされ方に現れているのではないか。選考審査委員は毎回変わるので、当然のことかもしれない。だとすれば、そこには何があるのか。
 
(2) 選考審査の内幕

 今回私は、広島フェスで過去に選考審査に関わったことのある関係者約10名に事情を聞いた。その上で、今回のコンペの選考結果の印象についても訊いてみた。
 その結果、今回が日本作品ゼロだったことについては「仕方がない」というのが全員の声だった。また、日本作品は、現在世界的に形成されている短編アニメーションの潮流に合わないので選出されなかったのではないか、という声もあった。これがどういう意味かは後でもう一度述べるが、実は私が今回このような取材をしたそもそもの理由は、3000本近い応募作品の選考方法に興味があったからである。

 以前から、広島フェスの選考審査では、「作品の作者名や制作国を明かさず上映し審査する」ということが言われ、それを「売り」にしてきた。先入観なく作品と向き合い審査する、というのが主旨だが、私は、そんなことが本当に可能なのかと思っていた。いくら手元の資料で情報を伏せたとしても、作品の中でそれらの情報が出てしまうし、その部分をカットして上映するなど不可能だろうと思ったからである。
 この点を関係者に訊いてみると、やはり「見ればわかってしまう」という声が多かった。ただ、広島では初期の選考審査からこの方法が採用されてきたようで、完全に作品情報を伏せて先入観を除外するというよりも、ある種の理念として選考審査員らが共有し、膨大な作品に向き合う姿勢が維持されてきたと考えるべきだろう。選考委員の中には「ヒロシマ・メソッド」と呼んで、それを評価する声もある。

 また、選考上映中、委員の意見が一致すれば途中で上映を止め、その作品は選考から除外されるという。短編アニメーションといえども全編で一つの作品であり、この方法にはちょっと驚くかもしれないが、これは他の映画祭でも採用されている方法である。こうでもしないと2000本以上の審査をできないという現実的な事情もあるが、同時に、長編にせよ短編にせよ、冒頭数分を見れば「だいたいわかる」というのは、ある程度この世界にいる者であればお分かりだろう。もちろん完璧な方法ではないが、膨大な作品を選考審査する運営上の必要悪とでも考えるしかない。
 そして、選考審査の結果、意識的に特定の作品(たとえば日本作品)を入選させることが可能な仕組みがあるようだ。詳しくは書けないのだが、選考審査では、5人前後の委員がそれぞれ選考結果を持ち、合議が行われる。そこでは民主的に選考が進められるが、選考する側も一人の人間だというのは言うまでもない。わかりやすく言えば、ある委員1人が「この作品を絶対に入れたい!」と強く主張し、それを合議でどう受け入れるか、という問題である。

 2002年の第9回大会で選考審査委員長となったアメリカのA・クラヴィッツが、パンフレットに次のようなコメントを寄せている。
「全応募作品のうち、約1.5%は、ほとんど全員一致で「入選枠」に入ります。約93%は、ほとんど全員一致で「選外枠」に入ります。そして残りの5.5%が慎重な、熱のこもった話し合いにかけられます」
 映画祭での上映時間枠に限りがあるため、「5.5%」の半分以下しか入選枠に入れられないので、こうしたことになるわけだ。このクラヴィッツのコメントを、ある回の選考審査委員に話すと、「非常によくわかる状況」という答えが返ってきた。

後編に続く

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