長編アニメーションが小説やマンガ、絵画と異なるのは、集団作業で制作することだろう。キャラクター造形や動き、背景、音響、音楽まで全てをゼロから創りあげるのは膨大な作業で、とても一人でカバー出来ないからだ。仮に出来たとしても、とてつもない時間がかかってしまう。
しかしラトビアのアニメーション作家ギンツ・ジルバロディスは、2019年にこの常識をいとも簡単に打ち破った。長さ1時間14分にも及ぶ長編映画『AWAY』だ。3年半をかけて完全にひとりで制作しただけでなく、作品は高い評価を得ている。アヌシー国際アニメーション映画祭Contrechamp賞を受賞するなど、世界のアニメーション映画祭を席巻する。
どうしたらそんなことが可能になるのか? 2019年11月3日、第6回新千歳空港国際アニメーション映画祭で開催された監督自身によるメーキング・トークでその一端が明かされた。
長編部門コンペティションの5本のひとつに『AWAY』がノミネートされたのに合わせて、ジルバロディス監督が来日したのだ。
ジルバロディス監督は1994年生れの20代とまだ若い。しかしキャリアは十分だ。長編映画は『AWAY』が初めてだが、これまでに7本もの短編映画の制作経験がある。2本は手描き、1本は実写、そして4本がCGである。
講演も手慣れたところがあり、決められた時間で手際よく自身のキャリアから映画を作る動機、映像手法の選択、制作方法などを筋立てて紹介していく。これまでも多くの作品でピッチ、プレゼンを重ねてきたことを窺わせる。実際に『AWAY』の制作費はラトビアの州政府のファンドから助成を得ているという。
今回は短編でなく長編にしたのは、まずクリエイティブ面での理由がある。長編にすることでキャラクターをより発展したかったのだという。
さらに4本の短編を作るより、1本の映画のほうが短い期間で出来るという少し意外な理由も語った。これは『AWAY』の独特な物語構造を念頭にいれる必要がある。
『AWAY』の物語は飛行機事故で未知の土地に不時着した少年が得体の知れないモンスターに追われながら人里を探し続けるものだ。森や湖、渓谷、氷河などの美しい景色が次々と現れる。単純に見える構成だが、実際は4章立てなっている。その一章一章を切り離しても、独立した作品として鑑賞出来る仕組みだ。さらに各章に異なった印象が与えられている。4つをつなげるとひとつの大きなストーリーを作りあげるが、一章だけでも完成した作品だ。
当初監督は長編を作りきれるか自信がなかったのだという。もし全てが完成しなくても別々の作品として発表できるように考えた。リスク軽減手段でもあるのだ。
大変に見えるひとりでの制作だが、説明を聞くと利点も多い。まず制作予算だ。自分自身だけであれば、かなり限られた予算で作り切れる。クリエイティブ面では、全面的に自分でコントロールすることが出来るのが強みだ。短編作家のように自身の個性を作品に最大限に反映出来る。
さらにアニメーション制作の幅広い技術を学べることも理由だという。全ての作業を知れば、今後チームで制作することがあっても、作品全体を把握してより的確にコントロール出来るわけだ。
またこれまで様々な手法で映像制作をしてきたが、長編を作る際にCGを選ぶのは必然だったという。CGであればコピー機能を使うことで、キャラクターやアートの一部の省力化が図れるからだ。動物たちや背景美術などには気づきにくくはなっているが、同じ素材がうまく再利用している。キャラクターの動きは、リアルタイムレンダリングを用いていた。ここでも大きな省力化可能になった。
一方制作ツールはMaya、Premiere、そして音楽ではLogic proを使用した。いずれも一般的なツールで特別なものはない。監督の話を聞くと、実は誰にでも制作が可能なのでないかと思えるほどだ。
監督は自身が長編映画を作った教訓として、「始める前に全てを理解する必要はない。まず取りかかれ」とアドバイスする。
ただそれが簡単なわけでもない。ジルバロディス監督はそれでも制作期間3年半もの時間をかけた。長編映画なら一般的な期間だが、7日間、毎日8時間から12時間、1人で制作を続けた。この卓越した忍耐力こそが、成功の秘密と言えそうだ。
それでも次回作は、『AWAY』のような孤独とは離れらそうだ。現在取りかかっている新作『FLOW』では、小さいながらチームを組んで制作するという。
トークではその映像の一部が紹介された。水の表現に力を入れるその作品は『AWAY』の表現をさらに発展させ、深みが増す。制作期間は『AWAY』よりかかるのでないかとするが、数年後にはジルバロディス監督のさらなる映像世界が堪能できそうだ。
第6回新千歳空港国際アニメーション映画祭
http://airport-anifes.jp/