「自分を捨てる仕事術」石井朋彦 アニメプロデューサーになるための考えかたが詰まった一冊


僕が石井朋彦プロデューサーに初めてお会いしたのは随分と前だ。あるシンポジウムを企画した際にパネリストに悩んでいたところ、「その話であれば石井プロデューサー」と紹介された。紹介した方は、「でも引き受けるかどうか分からない」と付け加えることも忘れなかった。随分と気難しい人なのかと思ってドキドキしていたら、想像と全然違った爽やかな青年だった。
その時の別の印象は、「あまり自分のことを語らない人」である。アニメのプロデューサーは雄弁な人が多いので、それが珍しかった。一方で、打ち合わせ、トークとなれば立て板に水のごとく、論旨も明快、お陰様でシンポジウムは大成功。石井氏の印象は、最初から強烈だった。

そんな石井氏が、自身の仕事のノウハウを紹介する本をこのほど上梓した。『自分を捨てる仕事術』だ。しかも副題は、“鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド”とある。著者が師とする鈴木敏夫氏は、スタジオジブリの代表取締役も務めた日本を代表するプロデューサーである。興味が沸かないわけがない。
『自分を捨てる仕事術』では、石井氏は雄弁だ。同時に、かつて僕が受けた寡黙な印象の謎解きでもあった。「石井プロデューサーは、こんなことを考えていたのだ」と今更ながら合点がいった。
同時に、自らの考え方を鈴木敏夫氏の教えと絡めながら進めるのは、いかにも石井氏らしくもある。本書では鈴木敏夫氏を真似ること、自分を捨てることで見えてきた仕事のノウハウを明かす。そのなかで仕事をするうえで大切なことを語る。表題にある“自分を捨てる”は刺激的だが、それは本当に自分を捨てるのでなく、むしろ本当の自分を見つける手段であることも分かってくる。それを実践する著者、教える鈴木氏、いずれも偉大だ。

本書はとてもユニークでもある。著者はアニメに関わるプロデューサーだが、そこに拘らない。むしろ誰にでも分かる仕事のノウハウ本となっている。エッセイにも見えるが、著者は自身のことよりも、鈴木敏夫氏についてページの多くを割く。人物評でもある。そのどこにもないスタイルが本書の独特の個性で、著者である石井氏の個性でもある。
『自分を捨てる仕事術』は、アニメに関心のある人には必読だ。特にアニメの仕事、プロデューサーを目指す人には強く薦めたい。20代前半の青年がスタジオジブリをキャリアのスタートに、様々なキャリアを積んでいかにアニメプロデューサーとして成長していったかが辿れる。
もちろん、石井氏の経験はあまり一般的でない (むしろ波乱に満ちたものだ)。それでも、プロデューサーになるうえで考える基本は同じだ。さらにアニメや映像以外の世界でも同じだ。『自分を捨てる仕事術』は、多くの人に読んで欲しい一冊だ。

そして、最後にひとつ。石井氏の本書の肩書が「アニメーション映画プロデューサー」 になっていることにも心を動かされた。きっと「映画プロデューサー」とも「アニメプロデューサー」とも書けたはずだ。
敢えて「アニメーション映画プロデューサー」とすることに、石井氏の決意を感じる。将来の夢や目標をあまり語らない石井氏の視線の向こう側にあるものが、ここから窺われるのでないだろうか。現在、株式会社スティーブンスティーブン/クラフターの取締役プロデューサーである石井朋彦プロデューサーの今後の活躍に期待だ。

自分を捨てる仕事術
鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド

http://www.wave-publishers.co.jp/np/isbn/9784866210070/
石井朋彦 著
1,500円+税

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